「とにかく店の再開。他のことを考えている余裕は無かった」

道の駅「遠野風の丘」(岩手県遠野市)

 道の駅「遠野風の丘」は、岩手県遠野市国道283号線上に位置し、直売所のほか、レストランや喫茶コーナー、観光情報を扱うインフョメーションセンター等が併設され、毎日多くの観光客でにぎわっている。遠野市は、柳田國男著「遠野物語」の舞台であることもあり、店内には柳田國男の著書や、河童をモチーフにしたお土産品なども並んでいる。  直売所は、平成10年6月にオープンし、今年で開業16年目を迎えた。遠野市農産物直売組合が運営する。店長の菊池政宏さんにお話を聞いた。【産直新聞・鹿野なつ樹】

国道283号線沿いにある道の駅「遠野風の丘」

国道283号線沿いにある道の駅「遠野風の丘」

◆とにかく店を再開することだけ考えた


 東日本大震災が発生した際には、電気・水道等のライフラインがストップした3日間のみ店の営業を休み、その後すぐに再開した。

 親戚の安否も気になったが、情報は入ってこない、道は通れない、ガソリンもないという状況の中で、自分ができることを考えた時、「店を開けて提供できるものを提供しよう」と、心に決めた。

 「とにかく店を再開することだけ考えていました。他のことを考えている余裕はありませんでした」。菊池さんは当時を振り返ってそう話した。

 時期的に売るものが集まりにくい時期ではあったが、出荷者に呼びかけ必死に物を集めて店に並べたという。

 震災が発生して間もない頃は、沿岸部に物資を届けるボランティアや、安否確認をするために遠野を経由する人たちが直売所を多く訪れた。すぐ口にすることのできるおにぎり等を買っていく人が多かったという。

 また、震災が起こった翌年は、被災者の1周期を弔うために、お盆の切花がよく売れたそうだ。「物が売れるのはうれしいはずなのに、切なさを感じました」。松田さんはそう言って表情を曇らせた。

店長の菊池政宏さん

店長の菊池政宏さん

◆震災直後の不安の中で

 震災発生直後は、余震が頻繁に起こり、「この先どうなるのだろう」という不安を抱えたまま、市外に暮らしていた息子たちを呼んでまとまってだるまストーブに当たったという。ラジオと携帯電話からの情報しか入ってこない中で、「電気が復活するまで数日間、不安の中で過ごしたことは忘れられない」。そう当時を振り返った。

 ライフラインが復旧した後も、移動しようにもガソリンを手に入れることのできない状態だった。朝から何時間も待ってやっと少しのガソリンが得られる生活を経験した菊池さんは、今でもガソリンを半分以下に減らすことはしないという。

多くのお客さんでにぎわう店内

多くのお客さんでにぎわう店内

◆遠野風の丘のこれから

 遠野市農産物直売組合の出荷者は、当初から変わらないメンバーで、平均年齢は70歳を超えてきたという。

 若い、新しい会員はあまり入らない。Iターン等でやってきた若者はあまり組織に入りたがらないのだという。今いるメンバーの子供たちが徐々に跡を継いでくれれば、と菊池さんは願う。

 売上げは営業を始めた平成10年から、下がったことはないと言う。昔は、売れ残った野菜を全て捨てていたら、組合員から文句を言われたこともあったが、商品がどんどん売れるようになってきてからは、文句を言われることもなくなった。

 今後、大げさに今までのやり方を変えることはしたくないが、「店に並ぶ商品を徐々にレベルアップさせていきたいです」と、その意気込みを語ってくれた。

若い店舗スタッフがきびきびと働いていた

若い店舗スタッフがきびきびと働いていた


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